07.20
21
2006  「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
 題して「噂どおりで」。
 19日のフクアリに着いて綴られていますが、ホームとアウェーと、なるほど・・・(笑)。
2002  ガンバ大阪vs名古屋グランパスエイト 3−2でガンバのVゴール勝ち!
午前中から開門を待っていたのですが、いやはや、暑かったのなんのって・・・。
Jリーグ公式サイトでの発表によれば、試合中の気温が27.5度(不快指数=79)だったそうですが、大阪市内では正午現在で33.1度だったそうです。
個人的に失敗だったのが、折り畳みの雨傘を持って行かなかったことでした。試合の前夜にもかなりのにわか雨が降って、ホテルとコンビニとのほんのちょっとの往復だけでもずぶ濡れになってしまったのですが、今回のようなピーカンの場合、開門前にじっと行列の中にいる時には、たとえ雨が降ってなくても、日影を作れるのです。
 
試合前日は、16時から、練習グラウンドで1時間少々の練習が行われていました。ボールを使わない運動がメインだったのですが、終盤頃にはDFとDF以外と言うグループ分けでのボールを使った練習となり、DFのグループが先に連係プレーやシュート練習を済ませて、クラブハウスへと引き上げて行きました。
 
明けて、21日。開門はいつもより2時間半ほど早く、2時20分でした。
万博の場合には、無料でマッチデープログラムをもらえるのですが、今回は何か挟んである感じで、輪ゴムが飛び出して見えていたり。これが、宮本選手のお面だったわけです。ゴムは、耳に引っ掛ける輪っかの役割だったわけです。実は、ちっちゃな子どもがこれをつけると、すんごくかわいらしい。5番の大きめのコンフィットシャツに、顔からはみ出るのほどの宮本選手のお面。Gビジョンにそうした子どもたちがアップされ、とても微笑ましかったです。
昨年も宮本選手はマッチデープログラムの表紙を2度飾ったのですが、今年はW杯を挟んで2度、やはり表紙を飾ったことになりました。
スタンドに座ると、通常なら夕方5時台に行なわれる小学生の前座試合が2時台のうちに行なわれていました。その後、5時頃まで、ガンバのジュニアユース等のコーチ4名や嵜本・松下両選手の指導によるサッカー教室が、万博のピッチ一杯に、大勢の小学生達(16班までの班編成)が集まって行われていました。嵜本選手にシュート練習を教えてもらうグループ、松下選手にヘディングを教えてもらうグループの他にも、ドリブル練習やミニゲームのグループがピッチのあちこちに出来ていて、見ていて楽しかったです。締め括りに、デモプレーとして、嵜本選手がミドルシュート、松下選手がヘディングシュートを見せてましたが、ちょっとかなり上がっていた様子で、それぞれ4回目で決まっていました。
 
5時20分頃、ガンバの選手を乗せた日本交通の「ガンババス」が到着し、ベンチ入りする16名が降りて来ると、予想どおり、スタジアムのあちこちから大きな声援が飛んでいました。ちなみに、ゴール裏に座ると、選手がその場でサインをしてスタンドに投げ込むミニボールを受け取れるチャンスがあるわけですが、宮本選手が投げ込む時にはボルテージが一層上がっていました。
ガンバの選手が試合前の準備でメインスタンドの下に消えた頃、スタンドからはまた別の大きな歓声が上がりました。グランパスの選手もバスで到着し、楢崎選手がバスを降りた時にも宮本選手と負けず劣らずの大きな歓声が沸き起こっていたのです。万博のスタンドが1つになって活躍を讃えていた瞬間で、とてもうれしく感じるひと時でした。
 
6時15分頃、ひと足先にGKの都築選手と松代選手がアップで登場し、5分ほど遅れて、他の14名の選手もアップで登場しました。宮本選手はまずバックスタンドのSB席の方に駆け寄りながら手を振っていました。(確か、後輩の同大生が大勢招待されていたんでしたっけ?)
今回のアップは、先発選手と控えの選手を区別しないで同じメニューのアップが行われていたのですが、アップ中に紹介されるエントリーメンバーで、4名のDFの4人目として宮本選手の名が呼び上げられて、今回は控えのスタートであることを悟りました。
ちなみに、試合前や試合中にガンバの選手名を呼び上げているのは、3〜4年前までグリーンスタジアム神戸で「イチロ〜ス・ズ・キ〜!」と呼び上げていたDJです。きっと、聞き覚えのある声だと感じた人も少なくないと思います。 選手紹介の際には、「ツネヤス〜、ザ・バッドマン、ミヤモト〜!」と紹介していました。
キックオフ5分前、スターティングイレブンの入場行進が終わると、ベンチ方向から宮本選手が先発メンバーの中に加わる形で走って来ました。ここで、W杯での活躍を讃えて、楢崎選手とともに花束贈呈が行われました。
 
宮本選手は、前半はじっとベンチに座って戦況を見つめていました。
ちなみに、先発の布陣は、
吉原−マグロン
二川
新井場−遠藤−ファビーニョ−森岡
木場−山口−柳本
都築
・・・(敬称略)でした。
マグロン選手が先制点をあげると、ベンチの中で控えの5名が輪になって喜んでいたのですが、その後の厳しい展開に、ベンチの雰囲気もピリッとしていた様子でした。
 
ガンバの場合、前半が終わると、控えの選手がアップでピッチに登場します。あれれ?一人だけユニ姿・・・と思ったら、マルセリーニョ選手でした。あくまでも想像ですが、余程の「ピッチに立ちたい」と言うアピールだったでのしょうか・・・?ウェア姿の宮本選手・松代選手・松波選手・中山選手とともに、笑顔で明るい雰囲気でボール回しやパス・シュート練習をしていました。
 
後半が始まって、10分ほど過ぎたでしょうか。メインスタンドからの「キャー!」と言う歓声に、宮本選手がベンチからロッカールームへユニを着に行ったことがわかりました。そして、後半15分を経過した頃、再び「キャー!」と言う歓声で、背番号35がいよいよINの瞬間を迎えることを知りました。宮本選手がゆっくりとスタンド下からベンチ前に近づくと、西野監督の方から宮本選手に近づいていき、いろいろと指示が出されていた様子でした。そして、後半19分、CBの位置に立ったわけです。
 
戦況で僕なりの注目は、二川選手のポジション(マルセリーニョ選手がINした時点で、現在、ケガで欠場中の橋本選手が見せていたポジショニングをしていた事)と、山口選手がケガの治療で一時的にピッチから出た際、遠藤選手が代役をしていた事でした。93分間の両選手の運動量は相当なものだったと思います。また、試合中にケガをして頭に包帯をぐるぐる巻きにしたマグロン選手や、盛り立てる役割に徹していた吉原選手の動きもとても軽やかでした。
 
マッチデープログラムの「TODAY'S KEYMAN」のコーナーでは、やはり宮本選手が取り上げられていました。宮本選手の言葉を引用すると、「今回のW杯によって増えたサッカーファンをがっかりさせないよう、Jリーグの舞台でいいプレーを見せなければならないという使命もある。」と語っていた通り、新しいファンに「また見に来たい!」と言う気持ちになるプレーを見せてもらえました。
松波選手のヒーローインタビューの間、宮本選手やガンバの選手たちがホーム側のバックスタンド・ゴール裏・メインスタンドの前に順にやって来て、手を上げてスタンドに挨拶してくれるのも万博でのいつもの光景なのですが、今回の勝利は宮本選手にとって、格別にうれしかった様子でした。同志社の後輩達の座るバックスタンド側では、普段ならスタンドにそこまで近付かない、って距離にまで駆け寄って、手を振って声援に答えていました。
その後、スタンド全体での万歳三唱は、最高の気分でした。
暑い夏が続きますが、勝ち続けることはもちろん、コンディションに気を付けながら、ガンバそして宮本選手のサッカーを楽しませて欲しいものです。
2001  ガンバvsアントラーズ 3−1で、ガンバの勝利!
 
 稲本選手の送別ともなったこの試合ですが、正直、昨年のホーム最終戦であれほど苦しめられたアントラーズととても同じチームとは思えませんでした。常に先回りされて出口をなくしていた昨年と違い、今年は、パスを稲本選手に集めようとする余裕さえあった試合でした。
 前半早々、宮本選手が空中衝突からピッチに倒れ込むシーンがあり、思わず顔面蒼白になったのですが、でも、その直後に攻撃参加でスルスルとゴール前に上がって行ったシーンを見て、ほっと胸をなでおろしました。
 
 さて、試合終了後、稲本選手を送り出すセレモニーがありましたが、選手ひとりひとりの個性たっぷりのメッセージに、場内は大爆笑になったり、じっと耳をすましたり。宮本選手のメッセージは、人柄そのままでした。気持ちを込めて言葉を選びながら、「サッカーと英語の両方に頑張って!」と言う内容に、場内から思わず拍手も沸き起こっていたほどです。セレモニー自体、とてもなごやかな雰囲気でした。

 8月11日には2ndステージが始まります。
 宮本選手には、1stの分も欲張って、ガンバをぐいぐいと引っ張って行って欲しいです。
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2011  「ガンバ大阪20年史」が発売されました。宮本選手への直接のインタチュー記事はなかったものの、「歓喜の記録T フルタイム、攻撃サッカーで初戴冠」、「年代記&ガンバの肖像Part3 西野体制がスタート。最初の黄金期を迎える」、「名勝負数え唄第2位 奇跡」、「ユニフォームの潮流 青と黒の戦闘服の歴史」、「ガンバ大阪 サカマガ表紙大全1993〜2011」、「ガンバ大阪 在籍全選手写真名鑑」で宮本選手の姿を見ることができます。
2006  ガンバ大阪vs名古屋グランパスエイト 5−1。
2004  宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「GALLERY」が更新されています。
 重慶への道中、乗り継ぎの香港での1枚と、重慶で買い物風景の2枚です。
2000  いざ、「万博」へ。僕にとってのサッカー初観戦です。

 新幹線で、まずは新大阪へ。JR京都線に乗り換えて大阪駅へ出て、いきなりのおみやげ購入。だって、試合が終わってからでは、時間的に買えっこありませんし。
 市営地下鉄御堂筋線でとりあえず、千里中央へ。昼食を取り、ペットボトル飲料と、行列中の読み物代わりに雑誌を購入(←暑さのため、結局読まずじまい)し、モノレールに乗車。待ち時間が長かったのがタマにキズ(千里中央→万博記念公園=12分間隔、万博記念公園→公園東口=なんと24分間隔)ですが、やがて照明灯が見えてきて、気分が盛り上がりました♪

 「人が多いなぁ。さすが、夏休み。」とは思っていましたが、まわりの反応では、列を眺めて「え〜!こんなにいるのぉ?」というびっくりが結構多かったです。宮本キャプテンのうちわを先着5000名に配布とのことで、「いただけるとうれしいな」とは思っていましたが、結果的に、15:30に着いておいて良かったです。競争率3倍(15000名入場)でしたから。
 僕は、貴重品だけ抱えて、「かばんくん」にお行儀よく並んでおいてもらって、開門までの間、近くに「かばんくん」を遠巻きに眺めながらすわれる場所を見つけて、日焼けを楽しんでいました。

 ただ、不思議だったのは、「初めての万博」と言うか、Jリーグの観戦自体が今日が初めてなのに、すわってボ〜っとしていると、「○○はどこですか?」とか「△△はどうすれば良いのでしょう?」など、すぐ近くにガードマンや揃いのTシャツの係員の方が結構多いのにもかかわらず、やたらといろいろおたずねを受けてしまいました。
 なんなのでしょう???

 開門の16:50まで、意外と「あっ」という間でした。
 もともと、音楽ライブ等へ列車で行っていた時期も、観光はそこそこに、会場に少し早めに着いて、入場前のなんだかワクワクする気持ちを楽しむ習慣がありましたので、今回は、久々にそういう気分を楽しむことができました。そういう時って、別にまわりの会話に耳を傾けている意味ではなくて、周囲の楽しそうな雰囲気がこちらに伝わってくることが、さらに「このあと」を楽しくする要因になったりします。

 ところで、入場してみて、失敗に気づきました。「カメラのズームが足りない!」
 8月12日向けのの反省事項「その2」です。
 「その1」は、書くまでもなく、PHSの接続・・・。

 17:30を過ぎて、選手の方々が、真っ白のTシャツ姿で練習を始めました。でも、サッカーの試合前って、選手のみなさん、すごく楽しそう。スタンドに、すごく伝わって来ました。
 
 今までは、試合をTVの画面でしか見たことがなかったわけですが、スタンドで自分の目の前で見てみると、「初めてだから、ついて行けるかな・・・」という本音の不安は、全部吹っ飛びました。
 わかりやすかったです。それに、自分で見たいポイントを決めると、気の済むまでそのポイントを見ていられますから。
 試合が始まって、目が慣れてくると、「あ、フラット3だ!」
 宮本キャプテンを真ん中に、右にダンブリー選手、左にと新井場選手。あと、柳本選手がダンブリー選手の近くにいて、新井場選手にボールが渡ったら、そのまま攻撃に上がって、宮本キャプテンとダンブリー選手が左にそれぞれずれて、柳本選手が加わってフラット3をキープ。
 不思議ですね。初めての観戦なのに、そういう形が僕なりに何となくわかって来ると、もうあとは夢中になるのみ。

 都築選手も素晴らしかったです。1点こそは取られましたが、ゴールを守るたびに、「すごぉい・・・」とまわりに聞こえない程度のひとりごとを繰り返してしまいました。

 あと、「ファール」が、相手チームから「奪う」ものだという様子も、納得してしまいました。

 勝ちました。最後に。感動しました。

 先制点を取られた時の「え、何が起きたの」感。
 なかなか追いつけない時のなんとも言えない心境。
 同点に追いついた時の爆発感。
 勝ち越した時には、正直、涙ぐんでしまいました。うれしかったです。
 まわりの大拍手に負けない大声で、「ヤッター!!!!!!!!!!(←無制限)」と無意識に叫んでしまいました。

 45分×2が、本当にあっという間でした。合い間の15分間が長過ぎる感じさえしました。
 1点のビハインドの間、「ぐえ”〜、もーこんなに時間が過ぎちゃってるのぉ?」と、しきりにあせってました。正直、スタンドの雰囲気はちょっと・・・。だからこそ、同点,→勝ち越しの感動はすごかった・・・。
 同点に追いついたのが(新聞によれば)後半44分。そして、あっという間に勝ち越して、「ロスタイム3分」の表示。
 「点、入れられるな〜!」と叫んでいたら、終了のホイッスルが聞こえませんでした。
 F・マリノスの選手たちは、ピッチに倒れ込んでしまいました。

 家でTV観戦しかしていなかった「つい」先週まで、点がなかなかはいらずに試合が動かない時って、僕自身、正直、気が散ってしまい、TVよりもパソコンなど身のまわりに視線を移してしまうことの方が多かったです。
 でも、今日、生まれて初めての観戦にもかかわらず、「試合って流れているものなのだなぁ」と感じましたし、その流れの中にいられることを非常に幸せに感じました。
 「フラット3」のラインが上がってみたり下がってみたり。しかも、相手と競りながらとか、体力を温存するためにゆっくりとかのスピードの使い分けとか。
 前半は、DFラインを真横から、後半は、斜め前方からそれぞれ眺めていました。同じ試合で、別の角度から見られるというのも、楽しいですよね。定点観戦の自分の視点の角度を変えて見せてもらえるわけですから。

 サッカーを初めて見るにしても、正月にたまたま見たスポーツ番組で宮本キャプテンのインタビューを聞いていなければ、全く印象や理解から違っていたはずです(←断言)。
 今日の感動に、感謝!
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2005  大阪ダービー ガンバvsセレッソ 4−1。
 250試合出場記念として、恒凜君を抱っこしながら入場した宮本選手は、おばあさまから祝福の花束を受け取っていました。
 そして、宮本選手自身で記念ゴール!・・・と思いきや、副審の不可解な判定で幻のゴールに。その副審はハーフタイムに第四審判と交代してました。やれやれ。 
2003  宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「きんちょう」。
 文章の前半は、19日のグランパス戦を振り返っての内容です。
 戦いながらの宮本選手のさまざまな心境が伝わって来る内容です。
 一方、後半。微笑ましい内容で、思わずこちらは「ぷっ」と笑ってしまいました。
 それにしても恒凜ちゃん、すくすくと元気に育っているようで、何よりです。
2001  宮本選手のオフィシャルHP「:Tsune:」の「Voice」が更新されています。
 題して「ファーストステージ・・・・」、ケガと戦っての思いや、夏に復帰を果たしてからの思い等を読み応えたっぷりに綴っていらっしゃいます。

今年は中断が多かったから4ヶ月くらいかかって
ファーストが終わった。
1週間ごとの試合が多かったから
コンディションをがたっと落とすことは少なかったね。
調整がしやすかったとも言える。
でも最後の3試合はきつかったよ。
前半の終わりくらいになると頭がぼーっとしてきた。
今年の夏は今までで一番きつく感じるねんけど。
それはほんまに暑いんか、それとも俺が少しずつ
年をとりはじめてるからなんか・・・・
 
シーズンの最初に怪我をしないようにしたいって
言っててんけど、見事に怪我の多いシーズンになってしまった。
フルタイム出た試合は6試合しかなかった。
膝を怪我したことは今までなかってんけどなぁ。
まぁ、あれは事故みたいなもんで、いくら集中してても
不意な力が加わって怪我をしてしまうことも
あるってことやわ。
リハビリでも痛くてなかなかサイドキックができへんかったもんね。
試合に復帰しても膝をかばってしまってうまく膝を開かれへんから
思ったところにボールを蹴られへんかった。
最近になってようやく思い通りに蹴れるようになってきたよ。
そして膝の怪我から開放されたと思ったら、
次は左足のモモ裏に違和感が出てきた。
右足の膝をうまく使われへん分、左足に負担がかかってたんやろうね。
復帰戦のレイソル戦が終わって階段を上ってたら
「あれっ?こんなにモモ裏が張ってる」と思って、
それが張ってるだけじゃなくて痛みに近かってん。
3日後のジュビロ戦はアップの時から不安を感じててんけど、
あったかいし、何とかなるやろうと思って出てみたけど、
やっぱり怖くて走られへんかった。去年同じ場所で右のモモ裏を
肉離れしたことも関係してたと思う。
脳で動きを抑制される感じがしたから。
この時点でもう一度体を作りなおすことを考えなあかんかった。
コンフェデの選考もあったし、もちろん試合に出たかったけど
無理して出てみて、また怪我をしてしまうのは避けたかったから
早野さんと話し合って決めた。
 
5月の終わりの美作キャンプでしっかり作れたと思うよ。
再開後のゲームでなかなか勝てへんかったけど、
自分の動きは良くなってきてて、後は試合数をこなすことで
勘を取り戻せるって感じになってたから。
失点が多かったのはさすがにこたえたけど・・・・
7月になってやっとチームのバランスも良くなってきて
ゲームを支配することができるようになってきたと思う。
上から観てても分かると思うけど、明らかに去年とは違うスタイルの
試合をしてるねん。去年はカウンター中心やったのが
遅攻も織り交ぜながらサッカーをしてる。
これが出来るようになると1段階上のチームになれると思うよ。
今はその発展途上って言える。
 
セカンドはイナが抜けた後をどうするかやね。
どうするんやろう。
俺はこうしたいとかああなるかなって
思うところはあるけれど、監督とも話をしながら
良い形を作っていかなあかんね。
ボランチをやる選手は俺にとっても大事なパートナーになるから。
例えばFWをうまく挟み込んで2人でボールを奪うプレーは
コンビネーションが必要になってくるし。
 
セカンドこそ怪我なく、全試合出れるようにせんとね。


 それにしても、あれだけのわかりやすい文章を書ける人間的な力って、並大抵のものではないと思います。すごい!
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2011  関西ステップアップリーグ 関西学生選抜Bvsヴィッセル神戸 2−6。
2004  アジアカップ予選リーグ タイ代表vs日本代表 1−4で日本代表の勝利。
 決勝トーナメント進出が決まりました。
2002  サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 1−2でガンバの逆転勝ち!
2001  8月4日の「たらみオールスターサッカー」で、DFではファン投票の最高得票として、宮本選手が選出されました。
 今年も観戦のつもりでチケットを取ろうと思いきや、発売から10分ほどで、指定券は完売。でも、ゴール裏の自由席であっても、試合を見れるのは、やはり幸せです。
公式コメント:今年も選んでいただいてありがとうございます。豊田スタジアムのこけ ら落としというこのオールスターを僕自身も楽しみにしています。今年 はピクシーがいないJ-WESTになりますが、連勝が止まらないように頑張 ります。僕も得点を狙いたいと思いますので、応援よろしくお願いいた します。
 宮本選手らしさ、楽しみにしています!
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2009  ゴールを目の前に、いくら「惜しい」ってほめられても、1点にもならないんだよぉ!
 得点しなきゃ、勝てないんだよぉ!
 神戸vs大宮 1−2
2007  「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
 題して「39ユーロ」。22日のウイーンでの試合について、そして、「日用品」に関して綴られています。
2005  宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「ホット」。
 7月のリーグ戦はとにかく、日程がタイトでしたが、でも、宮本選手にとっては、充実した6試合だったようで、何よりです。
 昨日の近況も微笑ましく綴られていますが、今日からは代表合宿が始まっています。良いコンディションを維持されますように。
2004  宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「決勝トーナメント進出」。オマーン戦とタイ戦の2試合を戦い終えて、予選リーグ突破を決めた感想が綴られています。
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2006  川崎フロンターレvsガンバ大阪 3−2。
2003  ガンバ大阪vs横浜F・マリノス 0−2。
2001  題して「ありがとう」。
3日間のオフが終わって
今日からまたセカンドステージへ向けて練習が始まった。
少しばかり遊んできたよ。山へ海へと。
昔よくおやじに連れられて山でキャンプしたり、海水浴に行ったりしたもんなぁ。
思い出すよ。ちょうどこれくらいの時季に行ったもんね。
最近はテント張ったりしてへんわ。
ああいう遊びも久しぶりにしたいよ。
 
それからみんなにお礼を言うわ。
オールスター、投票してくれてありがとう。
やっぱ選ばれると嬉しいもんね。
豊田スタジアムも楽しみやわ。
ただし今回はWESTの大黒柱やったピクシーがいなくなったから大変かも・・・・

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2004  アジアカップ予選リーグ 日本代表vsイラン代表 0−0の引き分け。
 予選リーグは1位通過です。
2002  ガンバ大阪vsベガルタ仙台 3−0でガンバの完封勝ち!
 約9か月ぶりの金沢でした。金沢駅前からバスに乗ろうとすると、黄色を身に付けたサポばかりが目立つのなんのって・・・。そう言えば、駅の構内でも、ガンバサポよりもベガルタサポの方を多く見かけたような・・・!? でも、さすがに競技場に着いてみると、青のユニTやTシャツが目立ってました。
 開門前にガンバのグッズ売り場を見ると、4月20日に発売された物とは写真の異なる宮本選手のペナントが発売されていました。開門は3時だったのですが、真夏の陽射しは大阪も金沢も同じでした。あぢ〜!!
 4時半頃、宮本選手やガンバの選手が競技場に姿を現すと、場内からは先週の万博に負けず劣らずの大声援が響いてました。
 6時キックオフで、スタンドから伸びる影も小さかったため、夏にしては珍しく、陽射しの中でのピッチ内アップとなったのですが、21日や24日の勝利の良い余韻で、日程が詰まっている割には、宮本選手もガンバの選手も笑顔で動きも軽かったです。
 試合前には、地元の小学生から宮本選手に、W杯の健闘を讃えて、花束が贈呈されていました。
 試合も仙台から点をもらったり、マグロン選手やマルセリーニョ選手が決めたり。終わってみれば、この試合も完封勝ち。し試合後、宮本選手はヒーローインタビューに呼ばれて、ガンバのマスコット人形を抱えながら、受け答えをしていました。他の選手はその間にスタンドへの挨拶を済ませていたのですが、宮本選手はインタビュー後にひとりでバックスタンド前、ゴール裏、そしてメインスタンド前と順に挨拶をして回っていました。
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2006  ガンバ大阪vsアビスパ福岡 2−2。
 ひどく質の低い主審でした。片山氏。
 PA内で倒された播戸選手には、「FK」の判定。主審の足が遅く、視力も弱いと見え、正確な場所を判断できなかったのでしょう。ガンバ側のFKの際には、丼勘定で福岡の選手を制止し、一方で福岡側のFKの際には、わざわざ歩数で距離を測り直して、選手の位置に注文をつけるありさま。
 さらには、相手選手から飛び込んで倒された宮本選手に対して、イエローのジャッジ。
 
 選手や試合の流れに追いつけない資質の輩には、審判を辞してもらいたいものです。
2005  宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「サービスエリアにて」。冷麺がSAでたったの500円・・・本場を感じさせてくれます(笑)。一方で、貨幣価値の違い(日本円との数字の桁数の違い)にも驚きを感じます。
 さて、東アジア選手権が31日から開幕です。頑張って下さい!
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2011  神戸vs甲府 4−2。宮本選手は後半ロスタイムの出場でした。

 それから、タブロイドフリーペーパー「シティライフ」8月号に、「ヴィッセル通信」1回目として、宮本選手のインタビューが載っています。
 題して「ヴィッセルの「顔」宮本選手素顔はやさしいパパの顔」。オフの日には、恒凜ちゃんと一緒にサッカーボールを蹴っているそうです。
2006  「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
 題して「夏だ」。
 大変なスケジュールが続いていますが、でも今年の夏は、恒凜ちゃんと一緒に、夏らしさを楽しまれますように。 
2001  題して「かたい!」
今日から美作キャンプ。
さっそく2回練習。
雲がかかってたからそんなに暑くないなぁと思ってたら、
出てきたよ、太陽が。隠れといてくれよっ。
それに5月に来たときはすごい良い芝生やってんけど、
この暑さで芝生が枯れてしまってボコボコやし、
下の土の部分がかちかちになってめっちゃ硬い。
芝生の管理っていうのは相当難しいんやろうなぁ。
捻挫なんかに気をつけながら4日間頑張るわ。

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2005  東アジア選手権 朝鮮民主主義人民共和国代表vs日本代表 1−0。
2004  アジアカップ決勝トーナメント準々決勝 日本代表vsヨルダン代表
 120分間を1−1で引き分け、PK戦が4−3で、日本代表の準決勝進出が決まりました。
2003  宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「花火大会」。
 富田林市出身の宮本選手にとっての8月1日の思いが綴られています。
 そう言えば、高校時代、奥様との初デートだった花火大会のこの日を選んで、一昨年の入籍の日になさったことも思い出されます。
 恒凜ちゃんが大きくなって、夜空いっぱいの花火に目を輝かせる日が、宮本選手にとって、きっと楽しみなことでしょう。

 さて、あさっては、かつてのチームメイトのエムボマ選手との対決です。
 宮本選手らしさ、ガンバらしさを発揮なされますように。
08.01