11.30
01
2001  「サッカーマガジン2002」Vol.5
 来年のワールドカップに向けた雑誌の中に、復活を遂げた宮本選手が取り上げられています。
 「HE IS BACK!」と言う記事の中で、松田選手とともに日本代表として復活を遂げるまでの苦しかった時期のことが中心です。
 サッカー選手にとってのケガが、サッカー選手自身を人間として育てること、またそう言う苦しい時間の中での人間としての自分の持ち方のようなことを感じました。
 ピッチの上で弾むような宮本選手を応援できることが、これからも楽しみです。
2000  題して「お騒がせしてます」。
昨日、今日といろんな所でお騒がせしてます。
 
9月の頭にむこうから話しがあった時から継続してガンバと話し合いを持っててん。
俺もずっと考えてたんやけど、やっぱり挑戦してみたいっていう気持ちになった。
で、それをガンバが理解してくれて交渉してもらってるという状況やねん。
そういう意味ではチームにすごく感謝してる。
新聞とかにはもう決まったっていうことになってたけど、
たとえチーム間で合意しても、次に俺と向こうサイドとの契約条件を詰めるという作業もあるから
今はまだ、「明日、あさってに記者会見を開きますよ」っていう段階ではないねん。
だから俺も状況の推移を見守ってるという感じやね。
まぁ、早めに決着してくれることを祈ってるけど。
以上、報告しておくわ。

02
2006  浦和レッズvsガンバ大阪 3−2
 残念ながら、リーグ成績は3位で2006年が終わったことになります。
1999
99.12.2.22.37
伸二&イナ 良い笑顔だ。
03
2011  仙台vs神戸 2−0。大雨の中、ピッチが水を含み過ぎて、ボールが全く転がらない中での試合でした。宮本選手、さぞずぶ濡れになったことでしょう。お疲れ様でした。
2010  宮本選手が「招致アンバサダー」として活躍していた2022年のW杯開催地ですが、残念ながら日本は落選。カタールに決まったそうです。
 宮本選手、「招致アンバサダー」のお仕事、お疲れ様でした。
2005  祝・リーグ戦優勝!
 川崎フロンターレvsガンバ大阪 2−4

 等々力の指定席スタンドは、バックスタンド2階のみ。今日はその最前列に座ることができました。アップにいったん屋内練習場に消えようとする宮本選手がしきりに強い目力でこちらを見て下さいました。勝利を確信なさっていたのでしょう。試合前から、わくわく感でいっぱいになりました。
 後半55分、宮本選手のヘディング勝ち越しゴール。リーグ優勝のためには他場のセレッソ戦の動向も気になるところですが、この勝ち越しで僕も「今日はきっと」の確信に。
 で、試合終了を示す長いホイッスルとともに、宮本選手は思わず顔を覆いました・・・泣いてる!
 勝利者インタビューの間に、ピッチには特設ステージが設営され、ガンバの全選手が集結しています。それを尻目に、インタビューを受けている遠藤選手がしきりにそこを指差しているのですが、後からビデオを見たら、「早くあそこに行かせて下さい(僕も早くあの輪の中に加わりたい)」と語っていました(笑)。
 バックスタンドでも、選手の皆さんの背中から、優勝のうれしさが伝わって来ました。そして、その歓喜の集まりの中へ、チャンピオンフラッグの贈呈。後日、記念の写真盾が届いたのですが、ふとバックスタンドを見ると(あ、僕が写ってる・・・!)「東急グループ」の看板の真上に、白い(アウェーなので)コンフィットシャツを着た僕が一緒に写ってました。
 その後、選手のみなさんがゴール裏の前に集まり、サポーターの人たちと優勝を喜び合っていました。その群集の中からふと、宮本選手がバックスタンド方向へ。チャンピオンフラッグをぐわっと広げて、バックスタンドに見せに来て下さいました。うれしかったなぁ・・・。

 選手のみなさんを見届けたあと、等々力名物のラーメンをすすりに、バックスタンド1階に下りました。行列していると、川崎サポの方々が、「おめでとうございます」「うらやましいなぁ」と声をかけて下さいました。相馬選手のラストゲームのお別れイベントに備えて、大勢の川崎サポの方々が待ってくれていた状態だったのです。
 ひと心地つき、スタンドから外に出ると、すでに夕陽が傾いてました。
 あ、ロビンソンGKコーチだ! 2000年以来、ガンバを強くしたスタッフの中のそのお一人は、今年がお別れでした。キーパー練習のためにキックを繰り返していた膝が悪化し、母国で手術と静養が必要になったとか。僕の顔を覚えて下さっている方の中のお一人です。思いがけなく、お別れの気持ちを伝えることができました。
 ある日、味スタで観戦し、後日出来上がった写真を見てみると、僕のカメラに向けて、アップ中の遠藤選手と新井場選手が満面の笑みでこちらを見ていて下さったこともあります。覚えられているんだなぁ。。
 国立でのナビ杯決勝。同点の後半終了間際、痛々しいテーピング姿の宮本選手がIN。ふと視線を感じてその方向を見やると、山口智選手でした。温厚な笑顔で僕を見つけて下さってました。
 松代選手は、僕が宮本選手の誕生日につま恋キャンプに見学に出かけた僕を見つけて下さり、わざわざ手を振っていただいたこともあったりしました。
 でも一番うれしかったのは、西野監督かなぁ・・・。2002年の就任初日の日、僕は宮本選手の始動の日(仕事初めの日)とばかりに、万博練習場に出かけたことがありました。スタッフから耳打ちをされ、ふとじっとこちらを見て下さいました。あれ? ガンバの皆さんって、僕をご存知なのかな??? 何か、不思議なうれしい瞬間でした。
 宮本選手がナビスコで欠場の日、ガンバ戦が味スタで行なわれ、僕はバックスタンドの割りとど真ん中に座っていたことがありました。その日、西野監督は指揮を取りながら、バックスタンドの僕を見つけて下さっていたのです。試合後、代表招集されている選手に向けて、ガンバのゴール裏から「ミヤモトコール」が沸き起こりました。ふと目が合ったのが西野監督。ミヤモトコールを沸き起こして下さったその方は、じっと僕を見ていて下さいました。

 試合後、選手を乗せたバスが発車。でも動けない・・・。大勢のガンバサポがバスを取り囲んでしまってました。歓喜の爆竹の音。暗がりの中に発煙筒の赤い光が何度もたかれていました。大阪までの足(新幹線?飛行機?)に間に合ったのかなぁ・・・。

 さっそく、宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「初優勝!!!」。
 宮本選手、とにかくおめでとうございます。本当におめでとうございます。
 17日の天皇杯まで2週間ほどあきますが、膝をいたわって治して下さい。

公式コメント@ガンバ大阪公式サイト:「みんなの想いが詰まった優勝。」
2002  宮本選手が「ベストドレッサー賞」を受賞なさったそうです(パチパチパチ)!
 ファッションばかりでなく、「スポーツ部門」としての今年の活躍が評価されたのでしょう。
 日刊スポーツ産経新聞朝日新聞、またガンバ大阪(ニュースリリースのページ)のサイトでは、記事や写真がアップされていましたが、ジーンズにジャケット、そしてハンチングと言う出で立ちには、いつものサッカー選手としてばかりでなく、人間的な意味での気品を感じます。
 宮本選手、おめでとうございます。
 今度は、ガンバのユニ姿で、天皇杯を勝ち進んでいって下さい。
04
2008  ミヤモトフットボールアカデミーの告知ポスターを見つけました。
 宮本選手の直接指導を受けれるとは、うらやましい・・・。
2007  「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
 題して「新契約」。レッドブル・ザルツブルグとの09年6月までの契約延長が決まったそうです。
2003  東アジア選手権 日本代表vs中国代表 2−0 完封勝ち!
 ジーコ日本代表監督の下では、初めてキャプテンマークをつけて、試合前の入場の先頭を行進していました。
 従来の4バックから、左に坪井選手、右に中澤選手を配しての3バックへの布陣変更もありましたが、大会緒戦での完封勝ちに勝ち点獲得で、宮本選手にとっては何よりホッとしたことと思います。
 7日の香港戦も楽しみです。

 ところで、宮本選手のオフィシャルウェブサイト「Tsune's Street since1977」の「Q&A」が更新されています。
 今日の試合も、今回の回答を実践しての活躍だったわけですね!
2002  ガンバ大阪のファンクラブ会報誌「GAZZETTA(ガゼッタ)」が郵送されてきました。「Players interview」として、宮本選手のインタビューが載っています。W杯でのエピソード、その後、ガンバの中心選手としてプレーをする上での考えや感想等、(もちろん、宮本選手らしさもたっぷりの)読み応えある内容です。
 改めて、天皇杯での元気な復活と、元日決戦で勇姿の見れることを心からお祈りします。

※ガンバ大阪のファンクラブについては、公式サイトをどうぞ。
2001  宮本選手と山村選手との対談(@山村選手公式サイト)の第3回がアップされています。
 今回の対談は、「トレーニング論」として興味深く読みました。
 それにしても「当たり負けをしない」を目標にしての宮本選手の筋トレの成果って、ユニ姿での上半身がひと回りもふた回りも大きくなっているところに感じられます。 
05
2011  日本経済新聞の朝刊特集面「日経の読み方」に、宮本選手のインタビューが掲載されています。
 題して「私の日経時間」。
 新聞を読み始めた動機、電子版の読み方等、宮本選手の記事に対する考え方や、興味深かったことなどが綴られています。見出しのとおり、「読めば人間の幅広がる」ことに頷けます。
2004  宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」が、2歳の誕生日を迎えました。
 宮本選手、おめでとうございます。
 そして、「DIARY」が更新されています。題して「12月やね」。
 サッカーの世界では天皇杯、そして、クリスマスにお正月に。宮本選手や恒凜ちゃんにとって、良い年末年始を迎えられますように。
2003  宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」が、1周年を迎えました。
 宮本選手、おめでとうございます。
 さっそく、気になる(笑)タイトルの日記がアップされています。題して「狭いぞ」。
 例によって、タイトルに関しては本文を拝読することとして、昨日を戦っての印象も綴られています。
 おなじみの代表メンバーでも、昨日は違うシステムでの初戦だったわけで、今回戦っての感触を次にプラスに活かせることを期待しております。
2002  宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」がオープンです!
 さっそく、オープニングメッセージ(動く宮本選手!)と今日の「DIARY(題して「よろしく」)」がアップされています。
 宮本選手のメッセージ等、もちろん今後も注目させていただきます。

 宮本選手、おめでとうございます!楽しみに拝見します。
「Tsune's Street since1977」
オープン当時のトップページ画像
2001  「サッカーダイジェスト」12月19日号に、2002年日本代表カレンダーが綴じ込まれているのですが、11月に宮本選手が登場しています。先日の埼玉スタジアム2002での背番号「17」とキャプテンマークをつけた写真です。
 また、日刊スポーツグラフ「対戦国決定!」でも、同様の宮本選手の写真のほかに、97年当時のワールドユースでの写真を見ることもできました。
 ふと、今年の前半など、ひたすら前向きにケガの治療とウエイトトレーニングを続けながら、「代表入り」「代表定着」とあせらずマイペースでステップアップを続けてきた宮本選手を思うと、日本代表の一員としての写真には、感無量の思いです。
 ワールドカップにはまだまだ半年ありますが、でも例えば、前向きなモチベーションを持ち続けることは、宮本選手にはきっとたやすいことでしょう。
 今週末の天皇杯では、タイトル奪取を目標に、宮本選手の活躍を期待しています!
2000  宮本キャプテンのHP「:Tsune:」の「VIEW」が更新されています。
2000.12.05.
モモ裏に電気を当ててるところ。寒くないように毛布も必要やねんで。
 肉離れの電気治療の様子の写真です。bbsに書き込みもなさっていましたが、写真の表情も、文章にも元気が戻ってきた様子に安心しました。
 無理をせずに、完全に治ることをお祈りするのみです。
 お大事に。。。

 題して「助言」。
いつもクラブハウスに行って、まず寝転んで足を段々と上げていって、
怪我をしてない左足と差がどれだけかってことをチェックするねんけど、
日に日に上がる角度が大きくなってる。
っていうのは分かりやすく言うと、徐々に回復してきてるっていうこと。
今日はグラウンドに出て歩いてみたらそのままジョグはできそうやったけど、
ここで無理してまたひどくなるのもなってことでやめといた。
その代わり自転車をこぎ始めたよ。
うちには肉離れ経験者が多くてそんな先輩達からアドバイスをもらってるねん。
やまさんとか、やなぎ、たけさんとかからね。
針治療が良いねんてさ。

1999  題して「サッカーをはじめた理由」。
雑誌とかで読んで知ってる人もいるかもしれんけど、今回は俺がサッカーをはじめたきっかけとか理由を話すよ。
 
俺は最初はプロ野球の選手になりたかってん。小1から小5まで地区のソフトボールチームにも入ってたし。ずっとキャッチャーをやってた。監督に「おまえは肩がいいからキャッチャーに向いてる」って言ったから。それにしては、盗塁を阻止したのが1回きりって言うのはちょっと少ないなーと思う。まぁ俺がいくら良い球を投げてもショートやセカンドが落球してることも多かったからね。
 
といった感じで週1の日曜の練習が待ち遠しい毎日を過ごしててん。
それが小4のある日メキシコのワールドカップを何気なく見てたら、「うーん、なんかサッカーっておもろそうやなー。」と思い始めた。そん時初めてマラドーナのプレーを見てん。なんか分からんけどうまいわって思ってみてた。今になって考えてみると、技術もフィジカルも飛び抜けてた。中盤にはスペースが今より多くあったから、単純に比較はできへんねんけど、もうあんな選手は出てこないと思う。でも俺の願いとして、最近はやりのいわゆるファンタジスタはサッカーから消えてほしくない。一つのプレーで勝敗を決めたり、華麗で人を魅了するプレーができるのはその人たちやと思うから。一サッカー好きな人間としてね。
 
次に自分でもサッカーしたいなぁと思うようになった。そう思ってるときに小学校に新しくやってきた先生が「この学校にはサッカー部がないから、俺が作る。」って言いだしてソフトのほうはと言えば人数がいなくなって、廃部が決まってたからちょうど良いやんってことで本格的にサッカーを始めた。それが5年生のとき。
 
最初はフォワードやった。結構点とってたし、身体もでかい方やったから、周りから見たら頼もしい選手やったと思う。キャプテン翼の日向小次郎みたいやったはず。岬君が好きやってんけど、あんなに繊細ちゃうかったね。それからはポジションはだんだん下がっていった。今なんかめっちゃ遠いで敵のゴールまで。
 
なんとなく分かった?俺のサッカー始めたころのこと。でももっと早くからやってれば良かったのになーと思う。小さいころにテクニック磨くのが一番やからね。よくサッカー教室とかで子供に「テクニックのつく練習をするように。」って言ってるねん。もし周りにサッカーやってる子がいたら俺の代わりに教えてあげて。
06
2008  「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
 題して「おまけつき」。チーム方針にもいろいろあるようで・・・。
2005  「週刊サッカーダイジェスト」05年12月20日号。
 「ガンバ大阪万感の初優勝」と題した特集号で、表紙や目次ページ、そして、あちこちのページを宮本選手の勇姿が飾っています。また、中綴じ付録の「日本代表カレンダー」でも、1月を宮本選手が飾っています。

 「週刊サッカーマガジン」05年12月20日号。
 こちらも「G大阪リーグ優勝」の特集で、8〜12ページには、「初めて涙を流した日」と題した宮本選手のインタビューが掲載されています。
2004  16日に行なわれる対ドイツ代表戦の日本代表として、宮本選手が選出されました。
公式コメント:今の日本の力を試すいい機会だと思うので、ぜひ素晴らしい試合にしたいと思います。
 宮本選手、おめでとうございます。
2001  題して「○○○○?」
12月に入ってみんな特に忙しい毎日になってきてると思うけど、
俺も最近はバタバタ続きやってんけど、ようやく今日は家でゆっくりできてるよ。
これからは契約の交渉とかが始まるからまたバタつくかもねぇ。
 
でも今日はこんなことで少しほんわかしたよ。
知ってる人もいると思うけど、インパクってやってるやんか、
その中でIBMの企画でサッカーのユニフォームをデザインしましょうっていうコーナーがあって
俺はその中で良かったものを選ぶ役をしてん。
で、今日選ばれた人が練習場に子供さんを二人連れてきてくれて一緒に写真を撮ったりしてんね。
ひと通りサインなんかが終わってお母さんに「なにか質問があったんじゃないの?」って男の子が聞かれててんけど
ちょっとモジモジしてて、俺が「何?言ってみたら」って聞いてもモジモジしてて、
ようやく決心がついたらしく聞いてみると
「電話番号教えて下さい」やって。
てっきりサッカーのことを聞かれると思ってるやん、
そしたら電話番号っていわれて思わずこけそうになったよ。
ほんまに笑ったわ。
「090−××××−○○○○やで」
って××××まで教えてあげて後の○のとこは
当ててみてって答えたよ。
「え〜困るなぁ」って言いながらメモをとってくれてたわ。
な、ちょっとほんわかやろ。

2000  12日、東急バスから「鉄腕アトム」のバス共通カード(3枚1組、3000円)が発売されるそうです。
 車内ポスターが、発売日にちなんで「イチ・ニ、イチ・ニ 21世紀の足音が聞こえるよ」
 アトム君が耳を澄ましているデザインが、可愛いです。
 
 でも、アトム君のような正義を通す生き方に、僕は思わず宮本キャプテンがダブって見えてしまいます。
07
2006  「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
 題して「きりかえて」。
 「今年も何がなんでもタイトルを獲りたい!」と言う気持ちが伝わってきます。
2005  宮本選手が、FIFA世界クラブ選手権の親善大使(アンバサダー)に任命されたそうです。(とりあえず第一報)
2003  東アジア選手権 日本代表vs香港代表 1−0の完封勝ち!
 今日は、右に坪井選手、左に茂庭選手の3バックでした。
 宮本選手は、守備を統率するばかりでなく、再三再四攻め上がりを見せて、こぼれ球からのシュートを何本も狙っていたほどでした。
 とにかく、完封勝ちで何よりでした。宮本選手、最終戦も頑張って下さい!
2002  宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「驚いた」。
 先日の「ベストドレッサー賞」受賞のエピソードが綴られています。と同時に(5日の「初」日記もそうでしたが)、今日の日記も、画像付きで、受賞の雰囲気も垣間見ることができます。
 受賞式のエピソードも楽しく読みましたが、賞の知らせのタイミングには、読んでて「驚いた」です。
2000  題して「行きたいけどね」。
最近よく11日のJリーグアウォーズは行きますかって聞かれるねんけど、
今年は行きませんよ。
行きたいのはやまやまやけど、怪我のことがあってチームが考慮してくれたらしいわ。
元気やったらもちろん行ってたと思うよ。
リハビリ状況は、今日はあったかかったから外に出て歩いてんけど、だいぶ速く歩けるようになってきた。
もう少したったら軽く走れそう。週明けくらいかな。
これからは痛めた筋肉に刺激を与えていく段階。

08
2010  宮本選手が母校同志社大学経済学部主催の公開学術シンポジウムに出席なさったそうです。
 題して、「感動の価値創造」。
 産経新聞に一部紹介されていますが、宮本選手曰く「今シーズン(注:昨シーズンのこと?)に自身が放ったオーバーヘッドキックのシュートを例に挙げ、「事前にイメージがあったのでとても冷静にゴールできた。感動を生むには日ごろの準備が大切」などと述べた」そうです。
2003  宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「解放」。
 合宿の近況、昨日を戦っての印象、そして、季節感も盛り込まれています。
 それにしても、暖かかった秋から一転してのここ2〜3日の冬らしさ。寒さに注意しながら最終戦も頑張って欲しいものです。
2001  天皇杯の試合が日曜で、前日の練習が土曜となるため、明日の万博での観戦より1日早く大阪に行って、練習見学をして来ました。
 風が冷たくて、僕もとうとう、今年初めてコートを着ましたが、でも、陽射しが暖かくてホッとしました。
 試合前日とあり、ミニゲームっぽくパスとインターセプトの練習があったり、セットプレーの練習があったり、また、ヘディングでパスやシュートを決める練習もありました。
 また、リーグ戦と違って、「とにかく負けられない」天皇杯ですから、PK合戦に備えて、都築選手と松代選手をゴールに立たせて、PKを蹴り込む練習もありました。
 宮本選手は、ヘディングからのシュートも、また、PKでのシュートも何本か鮮やかに決めていました。
 全体練習は1時間少々でしたが、そのあともロングパスを正確に蹴ることを繰り返していました。
 やはり、練習って、基本動作の確認から始まることをつくづくと感じました。
 
 明日はJ2の水戸が対戦相手です。
 油断をしないで、宮本選手らしさやガンバらしさを存分に発揮して下さい! 楽しみにしています。
09
2006  天皇杯5回戦 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 延長戦でしたが、4−2。
2005  宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
 題して「トラバ」。
 周囲はまだまだ祝福モードながらも、宮本選手は天皇杯を見据えて、既にモチベーションを上げてる様子です。とにかくまずは、右膝が治りますように。
2003  週刊サッカーマガジン12月23日号と、週刊サッカーダイジェスト12月23日号。
 ともに、宮本選手が表紙を飾っています。
 サカマガでは、16ページにカラーグラビア&インタビューで構成の記事が掲載されています。題して、「キャプテン・リベロの真髄 サプライズをエッセンスに」。
 一方、サカダイでは、9ページにやはりカラーグラビア&インタビューが掲載されています。「日本代表特集 疑問は選手に訊け!」の1人目の回答者として、「新たに採用された3−5−2は機能していますか? 宮本恒靖に訊く」と銘打たれています。
 両誌を読み進めていくと、東アジア選手権の第2戦までの選手のみなさんの気持ちの部分が手に取るようにわかってきます。
2002 コラム。題して「サイドキック」


 みなさん、こんにちは。いきなり私事ですが、先週から俺のHPが新しくスタートしました。是非、たくさんの人に遊びに来てもらいたいと思ってます。よろしくお願いします。

 さて、今回はプレミアのマンチェスターU対アーセナルの試合を選びました。なかでも日本代表との試合で、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたベローンに注目しました。

 序盤はアーセナルのパスワークが中盤の攻防を制していましたが、アーセナルDFシガンのパスミスをきっかけにベローンが先制してからは、マンUのプレッシングが効き始めて五分五分の勝負になりました。得点するまでは余り目立っていなかったベローンですが、ゴールを決めた後はのびのびと動き回り、得意の中長距離パスを生かして試合を組み立てていました。

 もうひとつの彼の持ち味にインサイド、アウトサイドのキックの強さ、正確さが挙げられますが、サイドキックの質について日本と世界のトップクラスを比べると、まだ少し差があるように思われます。ベローンや他の世界のトップ選手は(個々の筋力の強さもあると思われますが)早い時期から芝生でサッカーをすることに慣れており、このことが、強いボールを蹴れるということと密接な関係にあると思います。なぜなら芝生の上ではボールは転がりにくいため、自然と強く蹴る必要にかられます。対して日本では、土のグラウンドが多く、軽くボールを蹴るということに慣れてしまっているのです(土だと軽く蹴ってもボールは転がります)。また、ケガをしにくいという点でも、芝生の方がスライディングタックルにトライしやすいですし(タックルの技術にも差があると思われます)、日本が世界レベルを目指すにはそういったハード面も整えていくべきでしょう。

 試合はマンUがスコールズの追加点もあって2対0で勝利。とても熱い試合を堪能させてもらいました。特に中盤のボールの奪い合いは日本ではほとんどファウルをとられてもおかしくないような激しいものでした。そして、そんななかでもしっかりゲームをコントロールした主審の技術の高さも感じたゲームとなりました。ではまた次回。

12月9日 宮本恒靖


→次回
2001  天皇杯3回戦 ガンバvs水戸ホーリーホック 5−0で完封勝ち!
 
 今回の席割りは、メイン全体がSA席、ゴール裏からバックスタンド全体にかけてが自由席でした。いつもならとても座るチャンスのない、メインの中央付近から観戦することができたわけです。
 リーグ戦の時は、試合前にGビジョンにガンバならではの番組が放映されて、試合への緊張感が高まることを楽しめたのですが、天皇杯の今日は、ひたすらBGMのみ。でも、いつもどおりにピッチ内アップに宮本選手をはじめガンバの選手が登場した時には、「さあ、いよいよ」って気持ちが高まってきました。
 
 試合は、前半はパス回しの連続で、お互いがお互いの様子を観察している様子でした。ガンバにとっては、戦い慣れない相手で、ある意味、戦いづらさもあったのかもしれません。
 でも、ガンバ先制点をあげたのをきっかけに、水戸も遠慮がなくなったかのように攻撃を仕掛け続けてきましたが、宮本選手をはじめとするDF陣とGK都築選手とで、完封で守り抜きました。
 宮本選手は、前半にちょっとだけ足を傷めた様子でしたが、トレーナーの両手で作った「○印」にホッとしました。でも、試合が終わってホッとしてからの痛みのないことをお祈りするのみです。

 さらには、フリーキックでの強烈なボールをまともにクリアした様子で、ちょっと心配にさえなりましたが、でもとにかく、90分間、3バックの中心として、宮本選手らしく指示を出し続けたり、ラインを高く保ったりと、良い仕事をしていました。
 
 さて、4回戦は鳥取です。
 昨年も仙台とか横国とか、珍しいグラウンドで観戦できるところも天皇杯のおもしろい点ですが、果たして、どんなスタジアムなのでしょう。
 相手も、今回と同様にJ2の新潟と決まったようです。
 来週も、守り抜いて、遠慮なく攻め続けて、準々決勝に駒を進めて欲しいです!

 さて、宮本選手と山村選手との対談(@山村選手公式サイト)の第4回がアップされています。
 宮本選手の余暇の過ごされ方を垣間見ることができます。かねてから、雑誌のインタビュー等で、ドライブやショッピングが好きとおっしゃっている宮本選手ですが、今回もほほえましい内容です。
10
2005  「週刊サッカーダイジェスト」12月31日号増刊「ガンバ大阪優勝記念特別号」が発売されました。
 19〜22ページに、宮本選手に関する記事やインタビューも掲載されていますが、表紙も含めて全68ページのあちこちに宮本選手の写真が登場しています。
 ちなみに、この試合はバックスタンド2階(Sゾーン)で観戦していたのですが、記念写真に一緒に写ってる自分を見つけて、びっくりしたやら、うれしいやら。
2003  東アジア選手権 日本代表vs韓国代表 0−0で試合は引き分け。
 大会規定で、総得点の多い韓国が、第1回目の覇者となりました。
 3バック→4バック→3バックと試合が進むにつれてシステムも変化していったのですが、宮本選手率いるDF陣は見事に対応し、結果として、この公式戦を3戦とも無失点で締め括りました。
 宮本選手、本当にお疲れ様でした。
 優勝カップを戴けなかったのが残念でしたが、でも、完封の上に再三の攻め上がりとシュートの連続で、文字どおりに手に汗握る試合運びでした。
 さて、14日からはいよいよ、天皇杯。
 元日にガンバを国立に迎えられるよう、一層の声援をお送りします。
2002  宮本選手のチームメイトである木場昌雄選手の公式サイト「木場食堂」に、宮本選手との写真がアップされています。
 トップページからいきなり楽しいサイトなのですが、「デジカメ」のページにガンバの選手の皆さんの温泉旅行の記念写真がアップされています。皆さん浴衣姿なのですが、一緒に写っている松代選手をふと見ると、どうやら風呂上がりのようで・・・?
 宮本選手ももちろん、温泉で湯〜ったりとリフレッシュなさったことでしょう。
2000  天皇杯3回戦 ガンバvs大分トリニータ 4−1でガンバ勝利!
 東京からの応援でした。
 ネットをほとんど繋ぎっぱなしの状態で、ガンバ大阪のオフィシャルページの「試合結果」のページのリロードを繰り返して、経過に注目していました。
 宮本キャプテンも、スタンドから観戦なさっていたそうですが、脚の回復も順調そうで、いよいよ週明けから走り始められるそうです。
 そういう瞬間って、うれしいものでしょうね。
 
 寒さで、筋肉がこわばらないよう、くれぐれも気をつけて下さい!
 一日も早くピッチに立てるよう、心から待っています!

 題して「ガラス張り」。
今日は天皇杯。
あいにくの雨のなかやったけど、きっちり4−1で勝ったね。
毎年天皇杯の1回戦は苦戦してる印象が強いけど、今年はうまくいった感じがする。
大分のチャンスがことごとく点につながれへんかったのも大きかったと思う。
ポストに助けられたり。
 
今日は万博のメインスタンドのガラス張りのところにある席から見ててんけど、
そこからうちの試合を見るのはめっちゃ久しぶりやってん。
出場停止になってもいつもアウェーやったから、
最後に見たのはたぶん97年のナビスコ以来やから3年半前くらいになるわ。
そんだけ怪我もしてへんかってんね。
サテライトにいた頃はそこからトップの試合をよく見てた。磯貝さんとか、山口敏さんとかのプレーを。
あの頃はどうやったら試合に出れるかなぁとか、この人のプレーをずっと見ておこうとか、
考えながら見てたわ。
そういうハングリーな気持ちを思い出すことができた。
 
リハビリの方は今週から走り始める予定。
1999
99.12.10.17.37
俺のロッカー初公開。結構、物多いよ。
12.11