| ↑12.20 |
| 21 |
| 2008 |
ミヤモト・フットサルパークでイベントが行なわれたそうです。題して、「ミヤモト フットボール フェスティバル2008 Suppoted by KIDS SAVER」。
錦糸町の丸井の屋上に誕生した「ミヤモト・フットサルパーク」の開場を記念しての、子どものためのイベントだそうです。 |
| 2004 |
週刊「サッカーダイジェスト」2005年1月4日号の表紙を宮本選手が飾っています。
そして、目次(3ページ)と巻頭インタビュー(6〜11ページ)にも登場しています。
巻頭インタビューは、題して「熟成のとき」。視点の持ち方と言う意味で、とても興味深い内容です。
また、05年1月29日のカザフスタン戦と2月2日のシリア戦の日本代表にも選出されました。
公式コメント:最終予選に向けてしっかりとした内容のプレーが出来るように、まずはコンディション作りに励みたいと思います。
2月9日からのW杯アジア地区最終予選に向けて、メリハリのある年末年始でありますように。 |
| 2002 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DATA FILE」のページがオープンしました。
ガンバに日本代表に、そして、リーグ戦にカップ戦に天皇杯に親善試合にW杯に、宮本選手の足跡を見ることができます。
注目すべきは、ガンバの全試合に対する宮本選手の出場時間を掲載してあることでしょう。2003年元日の天皇杯決勝に向けてはもちろんのこと、2003はぜひ、全試合全時間出場を目指して欲しいです。
まずは、明日の天皇杯4回戦に向けて、コンディションを整えていって下さい。 |
| 2001 |
日本代表候補トレーニングキャンプ(02年1月21〜25日・鹿児島)の一員として、宮本選手が選出されました。
公式コメント:シーズン最初のキャンプになるので、しっかりとコンディションを整えて、
このキャンプに臨みたいと思います。
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| 2000 |
題して「行くよ」。
仙台には行くことになったよ。
ただし、試合に出るかどうかは明日の練習をこなしてからじゃないと分かれへん。
監督やトレーナーの人と話をしながらきめることになる。
まだ完璧な状態じゃないからリスクは大きいって。
まぁ、それは今日の練習をやってみて自分でも感じることやから。
なんとか良い状態にもっていけたらなぁと思ってるよ。
新聞に出てる移籍の話はきちんとした形で報告できるまで待ってて欲しい。
あれはまだ決まった話じゃないから。
だから、みんなもそんなに慌てんといてな。
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| 22 |
| 2005 |
講談社MOOK「FOOTBALL NIPPON」2005冬号の表紙を宮本選手が飾っています。また、34〜53ページに、「超ロングインタビュー」として、「宮本恒靖 ジーコ・ジャパンを語る」が掲載されています。
また、「SOCCERZ(月刊サッカーズ)」2月号の表紙も宮本選手が飾っており、6〜11ページに宮本選手のインタビュー「ブラジルとの真剣勝負が楽しみ」が掲載されています。
両誌とも、読み応えたっぷりの内容とともに、代表戦やガンバ練習場での写真も掲載されており、見応えもたっぷりです。 |
| 2004 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
題して「あらそい」。
季節感が、街並みからと、サッカー選手としての印象と、両方が伝わってくる内容です。 |
| 2003 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
題して「流れ」。
今年の最終戦となってしまった、おとといのセレッソ戦を振り返っての内容です。試合中にずっと、「こうあって欲しい」「でもそうとも限らない」「ならばこうしなければ」と言う、さまざまな考えが湧き上がっていることが伝わってきます。
来年も、クラブチームに代表戦に、宮本選手らしさを大いに発揮されますように。
まずは、良いオフをお過ごし下さい。 |
| 2002 |
天皇杯4回戦 川崎vsG大阪 1−0。
ガンバ大阪の敗戦で、残念な形で今年の宮本選手のサッカー戦績を締め括ることになりました。
良いオフを過ごして、2003年のさらなるご活躍を心からお祈り申し上げます。
今年も1年間お疲れ様でした。
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DATA FILE」に、宮本選手によるコメントが掲載されています。 |
| 2000 |
宮本キャプテンのHP「:Tsune:」のVIEW(デジカメ日記)が、更新されています。
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2000.12.22.14.56
新聞記者の囲み取材を受けるの図。
手前にノートが見えるやろ。 |
さて、明日は天皇杯観戦。宮本キャプテンの出場は微妙だそうですが、元気な姿をピッチで拝見できることを楽しみにしています。 |
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| 23 |
| 2006 |
天皇杯準々決勝 ガンバ大阪vs横浜F・マリノス 3−1で逆転勝ち。
ただし、宮本選手は、下の前歯を折ってしまったそうです。前半途中、接触プレーの直後、しばしピッチにうずくまっていたのですが、激痛を押しての90分間でした。
どうぞお大事に。 |
| 2003 |
また、Jリーグ選手協会のサイトの「J's VOICE(2003年FILE 118)」で、宮本選手のインタビューを楽しめます。おいしい話題(笑)です。 |
| 2002 |
コラム。題して「こぼれ球」
みなさん、こんにちは。街はクリスマスムード一色ですね。どんな風に過ごしていますか? 俺は天皇杯で敗退してしまったので、残念ながら家で過ごすことになりました(勝ち進んでいれば25日に国立で試合予定だったので)。
さて、今回はリーガ・エスパニョーラからバレンシア対デポルティーボを選びました。今節が終わると、クリスマス休暇でリーグが中断されるそうです。ホームのバレンシアは気分よく休みに入るために、立ち上がりから積極的に試合を進め、デポルを圧倒しました。最初の攻撃で相手に跳ね返されても、もう一度ボールを拾って2次攻撃、3次攻撃と続くシーンが何度も見られました。
デポルのディフェンダーは、やっと相手の攻撃を防いだと思っても、何度も何度もクリアボールを拾われると、連続して動くことになり体力的にも疲れてきます。それが集中力の欠ける原因になり、守備網のどこかに綻びができて失点の可能性も高くなります。これを避けるには、一度タッチラインを割るようなクリアをすればいいんですが、いいプレーをしようと思い、味方のフォワードにつなげようとしてパスカットをされて、さらにピンチを招くという悪循環に陥るケースがあります。
この試合について言えば、バレンシアのボランチのポジショニングと読みのよさが、連続攻撃につながったと言えると思います。クリアボールを拾って正確に処理し、味方につなぐという技術はもちろんですが、その前の段階のルーズボール、クリアボールを予測して、どこに飛んでくるのかを読むという能力は、ボランチを務める選手に求められる資質のひとつなのです。
せっかくいい形でデポルを押し込んでいたバレンシアですが、ゴールキーパーのミスキックからもったいない先制点を与えてしまい、アイマールのPK失敗もあって0対1で負けてしまいました。デポルの選手は気分よくクリスマスを迎えられることでしょう。バレンシアには休暇明けからの戦いに期待したいものです。ではまた次回。
12月23日 宮本恒靖
→次回
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| 2000 |
天皇杯準々決勝 ジュビロvsガンバ 0対1、延長後半ガンバVゴール勝ち!
仙台へ行って来ました。
バックスタンドが全部自由席だったもので、始発のやまびこで仙台へ向かい、市営地下鉄に乗り換えて、終点の泉中央へ。
1つ手前の八乙女駅を過ぎると、車窓に仙台スタジアムが見えていましたから、電車が早くホームに着かないかとそわそわ。
それにしても、どこに並んだら良いのか、わかりづらかったです。いったんは、正門に大きなカバンを置いて順番を確保したのですが、周囲をぐるぐると歩いているうちに、「ガンバ大阪側入口」なるゲートを発見。あわてて並び直したのが、9時を回っていました。
開門は11時でしたが、SA席でありながら、万博でのSB席並みの場所を選ぶことができました。ラッキーでした!
さて。
12時20分になり、ガンバの選手がウォーミングアップでピッチに登場。
しかし、宮本キャプテンは、先発メンバーから少し遅れての登場。ダッシュのように脚に衝撃のかかるウォーミングアップは、サッカーボールを両肩に抱えるようにして見守っていましたから、「今日の出場は無理」と悟りました。
ただ、ある程度のロングパスは蹴っていましたし、勝ち進んで29日の出場は大丈夫だろうなぁ、という雰囲気でした。
でもとにかく、トレーニングウェアでの元気そうな姿を見れて、まずはひと安心しました。
試合は、ずっと0−0の膠着状態。ジュビロは、個人技には目を見張らされましたが、でも、ことごとくガンバの選手に塞がれていました。宮本キャプテンをはじめ、DFでダンブリー選手と新井場選手、MFで稲本選手とビタウ選手、FWでニーノ・ブーレ選手の計6名を欠き、しかも、途中でMF山口選手までも退場で、1人分のハンデまでも背負わされましたが、でも、負ける気が全然しなかったのです。
僕自身、いちばん目を見張ったのが、本来はFWの小島選手。
ゴール近くまで下がり、徹底して守り抜く姿がとても頼もしく感じました。「とにかく、勝つんだ。勝てるんだ。」の思い。
GKの都築選手も、「来るなら来い!」って感じで、どんなシュートが飛んで来ても大丈夫という雰囲気。それでいて、「?」な判定には珍しくエキサイトする場面も見られたり。
延長突入前、宮本キャプテンが今度はネクタイ姿でピッチに登場。選手ひとりひとりに声をかけて回ったり、二川選手の屈伸運動に手を貸したり。そして、延長後半に、その二川選手の公式戦初ゴールとなる「Vゴール!」
長崎でのレイソル戦に続き、今日のジュビロ戦で2ndステージでのリベンジを果たしたわけです。すばらしい感動をもらうことができました。
帰り道、スタジアムからガンバの選手を乗せたバスは、泉中央の駅前を通りました。見送ることができましたが、宮本キャプテンの沿道への最敬礼にも、今日のうれしい思いを拝見できた思いです。
地下鉄の駅が猛烈に混んでいたこともあったのですが、勝った余韻を楽しみたくて、しばし駅前を散策。
撮った写真をス−パーで45分仕上げてもらったり、食事しているうちに、すっかりと日も暮れました。
さて、29日はいよいよ、ガンバを横浜国際へお迎えです! |
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| 24 |
| 2005 |
天皇杯準々決勝 セレッソ大阪vsガンバ大阪 3−1。 |
| 2003 |
サッカーダイジェスト新年第1号(1月6・13日合併号)。表紙を宮本選手が飾っています。タートルネックのセーター姿で、青の代表ユニを肩にかけ、なかなかおしゃれなショットです。
インタビュー大特集「2004年を語ろう。」と銘打った特集記事でも、カラーグラビアで8〜13ページの6ページ立ての巻頭インタビューとして、「ツネイズムversion.2004」が掲載されています。今年2003年を振り返りながら、2004年はこう戦いたいという思いの伝わって来る内容です。
なお、中綴じのカレンダーには、宮本選手の写真掲載はもちろんのこと、日本代表の日程が宮本選手の直筆により掲載されています。とにかくうれしい今週号です。
また、Jリーグ選手協会のサイトの「PLAYER'S INTERVIEW」のFILE51として、宮本選手のインタビューの前編がアップされています。選手としての心構えなど、非常に興味深い内容ですし、また、後日アップされる後編がとても楽しみです。 |
| 2002 |
メリークリスマス!
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新され、「GALLERY」が公開されています。
「DIARY」は題して、「1年ありがとう」。
やはり、22日の4回戦での敗退がとても残念だったのでしょう。でも、来年こその気持ちを大切にしながら、宮本選手には、気持ちをリッチに良いオフをお過ごしいただきたいものです。
また、新たに「GALLERY」が公開されました。「PRIVATE(プライベートフォト)」に、「HISTORY(年代別秘蔵写真)」の豪華2コーナーがスタートしています。
サッカー雑誌のバックナンバーを図書館で閲覧するたびに、宮本選手の大人びた学生時代の雰囲気に目を見張っているのですが、「HISTORY」のコーナーでも、そのような雰囲気を垣間見ることができます。
それにしても、2歳から5歳までの写真が、か〜わいい!
ふと、以前、「Number」で拝見した、1歳の誕生日の写真もまた拝見してみたいなぁ・・・と。 |
| 2001 |
天皇杯準々決勝 ガンバvsエスパルス 0−2
一戦必勝のトーナメント戦。残念ですが、今年の観戦は、この試合がラストになってしまいました。
宮本選手の「勝ちたい」と言う一途な思いが、後半のオーバーラップや、ボランチ・SB・あるいは敵陣内での積極的なポジション取りに表われていました。
ふと、宮本選手の広い背中の大きな「35」の背番号を見ていて、2001年のいろいろな思い出が(試合を見ながらなのに)思い出されて仕方ありませんでした。ケガとリハビリを乗り越えて、代表戦でキャプテンマークをつけ、もちろん今日の試合でもスタンドで宮本選手らしさを堪能できたことが、サッカー選手を応援する僕としては、何よりもうれしいことです。
さて、試合ですが、決して清水に押し込まれて負けたわけではありませんでした。だからこそ、一層悔しかったです。ガンバからのミドルシュートもボレーシュートも、見ていて惜しくて唸っただけに、得点に結びついて欲しかったです。
試合後、ガンバの選手を乗せて帰阪するバスを見送りました。
バスに乗り込もうとする宮本選手のサバサバした笑顔に、「今年1年、よくぞここまで復活を」と言う思いを新たにしました。
激闘に長旅に、今日もそして今年も、本当にお疲れ様でした。
オフ明けが代表合宿になるそうですが、健康に気をつけて、どうぞ良いお休みでありますように。
来年はまずは、1年を通してピッチの上で、クラブチームの一員としても日本代表の一員としても活躍できますように。もちろん、観戦を楽しみにしています。 |
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| 25 |
| 2007 |
「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
題して「限定」。恒凜ちゃんや馨子ちゃんにとってのツネサンタさんだったばかりでなく、小旅行のことなどが綴られています。 |
| 2004 |
天皇杯準決勝 東京ヴェルディ1969vsガンバ大阪 3−1。 |
| 2003 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
題して、「サンタ」。
宮本選手のクリスマスの思い出や、生後6か月を過ぎた恒凜ちゃんへの思いが伝わってきます。
本日発売の「Footival」2月号の表紙も、宮本選手が飾っています。
8〜21ページの巻頭グラビア&インタビュー「僕が守るべき領域」でも、サッカー選手として、また、恒凜ちゃんのおとうさんとしての心境をたっぷりと読むことができます。
宮本選手の言葉は、非常に読み応えがあるのですが、しかし、雑誌編集の初歩の初歩として、残念な点も。
恒凜ちゃんの名前、漢字が違ってます・・・。 |
| 2002 |
「サッカーマガジン1月8・15合併号」に宮本選手のインタビューが掲載されています。
「止める蹴るしゃべる」のコーナーに「離れて知る」と言うタイトルで、2002年をふりかえってのコメントが掲載されています。
来年こそは、フルシーズンをケガなく活躍して、優勝を勝ち取って欲しいと言う気持ちでいっぱいの読後感です。
なお、誌面では、宮本選手のひとり語り的な構成になっていますが、「WEBサッカーマガジン」では、記者との対談形式での記事を読むことができます。 |
| 2001 |
「日本代表オフィシャル写真集2001−2002」が発売されました。
文章の全くない、純粋な写真集なのですが、その中にもちろん宮本選手の写真も掲載されています。
ケガやリハビリを乗り越えて、日本代表の一員として、宮本選手自身の頑張りで復活した今年1年間を思うと、本当に感無量です。
来年はワールドカップ本番で、また様々な本やビデオ等が発売されることでしょうが、宮本選手の活躍ぶりがその中に多く記録されるように、僕自身これからも、応援のエールを贈るのみです。 |
| 2000 |
題して「強風」。
今日はかなりの強風やったね。
道歩いてたら吹っ飛ばされるかと思ったわ。
そんなこともあって俺は今日の練習は早めに切り上げた。
少しまだ違和感あるし、次に間に合わせるためにうまく調整せなあかんし。
そんなことより。
土曜の試合はベンチの後ろで見てたけど、興奮したね。あんな劇的なことってめずらしいよ。
しかも2試合続けて。
やまさんが退場した時はPKまでなんとか耐えたら良いとおもってたけど、
二川があそこできめるとは。
でも試合前にあいつに「もっと自分がって思ってプレーしろ。そしてらガンバのリズムが出るから」
って言ってたから、余計に嬉しかったね。
力はあるのに、最近窮屈にサッカーしてたから。
橋本も大黒も含めて、ユースの後輩がこの天皇杯でチャンス掴んでるのが1期生の先輩としては
嬉しい。
ま、俺も早く治すよ。
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| 1999 |
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99.12.25.11.47
病床にて。捕まったぽい? |
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| 26 |
| 2005 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
題して、「ありがとう」。
今年一年、本当にお疲れ様でした。
で、来年1月からの代表メンバーとして、宮本選手が選出されました。おめでとうございます。
公式コメント:ワールドカップに向けて、いい準備が出来るように、しっかりとしたコンディションで合宿に臨みたいと思います
まずは、右膝をしっかり治して、年末年始を楽しまれますように。 |
| 2002 |
24日に宮本選手が出演の「ジャンクSPORT」でのトーク内容が、番組公式サイトの「トークダイジェスト」に掲載されています。それとは別に、サッカー人気を盛り上げ続けたいと言う宮本選手の気持ちも伝わってきた30分間の番組内容でした。 |
| 2001 |
「シティリビング」大阪版年末年始号に、宮本選手が「2002年のいいオトコ、見つけた!」として取り上げられています。
インタビューと写真が載っていますが、言葉や表情に感じる聡明さは、同じ人間として本当に魅力的です。
題して「追われる身?」。
昨日クラブハウスで今シーズン最後のミーティングをして、
今日からオフに突入したよ。
家の中を片付けたり、いわゆる大掃除ってやつに精を出してる。
慣れへんことはやっぱり疲れるね。
試合で走り回ってる方がよっぽど良いなぁ。
他にはちょっと遠くまで車を走らせてご飯を食べに行ったり、
普段はあんまりできへんことをやってるよ。
喪中はがきを出したから今年は年賀状に追われることもないしね。
毎年この時期になって焦ってるからね。
みんなはもう書き終えましたか?
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| 2000 |
題して「感触」。
今日も寒かったね。
でも俺の足の具合はなかなか良かったよ。
コーンを置いてのステップ練習もおとといよりもスムーズになったし、良い感触やわ。
なんて言うかな、ぱぱっと足が動くようになってきた。
これでスライディングができて、強いキックができるようになればもうOK。
まぁ、最後は監督が判断することやけど、
俺としては次の試合もちろん出たいわ。 |
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| 27 |
| 2011 |
「週刊サッカーダイジェスト」新年1月10/17日合併号の70〜73ページに、宮本選手のインタビューが掲載されています。
Q&A方式で掲載されているのですが、最後の質問「不思議と引退インタビューという感じを受けないのですが」には、つい笑いが。次(のステージFIFAマイスターの取得とA級・S級ライセンスの取得)がはっきりと見えているからとのことでした。
また、「週刊サッカーマガジン」新年1月10&17日号の巻頭インタビューで宮本選手が取り上げられています(8〜11ページ)。また、「偉大なキャプテン宮本恒靖の軌跡」として、12〜13ページには「代表編」が写真年表とともに、14〜15ページには「クラブ編」が写真年表とともにそれぞれ掲載されています。さらに、16〜17ページでは、「サッカーマガジンバックナンバーで振り返るツネの言葉」と題して、プロ入り以来、週刊サッカーマガジンに取り上げられた記事の抄録がまとめられています。
これらを読む(見る)だけでも、この17年間の宮本選手の足跡の重さがずっしりと伝わってきます。
また、サッカーキングのサイトに宮本選手のインタビューが掲載されています。 |
| 2005 |
「週刊サッカーダイジェスト」新年1月10日号の表紙を宮本選手が飾っています。
また、かつてのチームメイト木場昌雄さんによるインタビュー「ココロのコトバ」が6〜12ページのカラーグラビア頁に掲載されています。今年を振り返って、日本代表について、そして、来年への抱負と、盛りだくさんの内容です。 |
| 2002 |
営団地下鉄半蔵門線を走る車両のうち、東急電車の車両に、宮本選手と秋田選手のポスター広告(ECC)が掲示されています。
10両編成の各車両の水天宮前方向寄りのドア付近に掲示されていて、つり革につかまっていると、ちょうど宮本選手と目が合う感じになるのです(笑)。
ところで、TVでのCMって、オンエアされているのかな・・・???
ちなみに、「ECCジュニア」だったような。。。 |
| 2001 |
「サッカーマガジン2002 Vol.6」に、10代の頃の宮本選手について取り上げられています。
「93年U−17世界選手権に見る「躍進」の風景」と言う記事で、ユース当時の宮本選手が写真と記事で載っています。
ちょっと大人びた凛々しさを感じるとともに、8年間トッププレイヤーとして名前を連ね続けているための地道な努力には、ただただ頭の下がる思いです。 |
| 2000 |
「サッカーマガジン」2001年1月10・17日合併号の「footalk ウイークリーインタビュー」のページに、宮本キャプテンのインタビューが掲載されています。
カラーグラビアの3ページ立てで、「キャプテンマーク」をつけての1年間の回顧です。
必読! |
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| 28 |
| 2005 |
「サッカーai」新年2月号の表紙を宮本選手が飾っています。
また、巻頭特集として、宮本選手のインタビューとスナップ写真集が4〜9ページに、また、ガンバ大阪の優勝&祝勝会の模様も10〜13ページに掲載されています。
来年の誕生日で29歳となる宮本選手ですが、何より宮本選手ご自身で来年を楽しみな様子が頼もしいです。 |
| 2003 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「GALLERY」が更新されています。
オフを満喫なさってるスナップ写真が2枚です。
植物園ではすっかりとなごんでいる表情ですし、もう1枚では元ガンバのダンブリー選手も元気そうな表情で一緒に写っています。 |
| 2001 |
「サッカーai」2002年2月号。
書店に並ぶ雑誌の発行日もいよいよ「2002年」を記し始めました。3ページ立てで宮本選手のインタビューが掲載されています。
2001年を振り返って、ケガで苦しみながらも前向きな生き方から得た気持ちを語っています。 |
| 2000 |
昨日に引き続き。
「サカマガ」のHPに雑誌掲載インタビューの全文が載っています。
題して「よみうりランド」。
U−16の合宿以来よみうりランドでサッカーをしたよ。
あん時は入団が決まってた石塚くんがいて、みんなで「おお−」とか言ってたわ。
で、ボール回しの後、カウンターの練習しててん。
そういう練習は走る距離が長くなるやん。
少し長めのボールが出て、自分では様子を見ながら走っててんけど、
もう少しで追いつくって時にぴりっていうか、んっ?っていう感触があった。
俺のモモ裏の肉離れは中程度のものらしくて、治りかけのちょうど今頃が難しいらしい。
リハビリの途中で感じる違和感の中に含まれる
レベルのものやって。
再発みたいな重大なことじゃないねんけど、試合はできそうにないわ。
残念やけど、しっかり治さないとこれから癖になっても困るからね。
いや、でも悔しいわ。もう少しのとこまできてるのに。
仕方ないってあきらめるしかないけど。 |
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| 29 |
| 2008 |
「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
題して「1週間経過。」。帰国早々はお忙しいようでしたが、だんだんとマイペースになってきた様子です。恒凜ちゃんも馨子ちゃんも遊園地に大喜びだったことと思います。
今年の納めの日記になると思います。どうぞ良いお年をお迎え下さい。 |
| 2006 |
天皇杯準々決勝 ガンバ大阪vsコンサドーレ札幌 2−1でガンバ大阪決勝進出! |
| 2004 |
宮本選手のオフィシャルウエブサイト「Tsune's Street since1977」の「DIARY」が更新されています。
題して、「2004年最後の日記」。
今年は本当にいろいろな意味でいろいろなことがありました。中でも、「アジアカップ優勝」でのカップ獲得の感動、そして、健康の尊さを特に感じた1年でした。
宮本選手、どうぞ良いお年を。
来年は、もっともっと良い年をお迎え下さい。 |
| 2000 |
天皇杯準決勝 アントラーズvsガンバ 3−2アントラーズVゴール勝ち。
試合は残念な結果でした。でも、今日も感動をスタンドで感じることができました。
「おつかれさま。ありがとう。」これ以外にことばは見つかりません。
宮本キャプテンは、ウォーミングアップにも現われませんでした。
やはり、傷が芳しくないのでしょうか(心配)。
吉原選手と山口選手を出場停止で欠いた試合だったのですが、後半終了間際のロスタイムで小島選手の2点目ゴール!アントラーズに勝ち越された直後だっただけに、「最後まであきらめない」というガンバの選手たちの姿勢がスタンドにも伝わってきました。
前半の終盤は、アントラーズに押され気味だったのですが、前半の最初と、後半は終始、ガンバの方が押し気味の試合でした。ですから、アントラーズに追いつかれ、勝ち越された時でも、「今日だって、行けるぞ!」って雰囲気だったのです。
さて、後半が終わり、選手がピッチでストレッチを始めると、宮本キャプテンが駆け足で登場。グラウンドコートも着ずにスーツ姿のままで、選手を激励し、延長直前の円陣にも加わっていました。やはり、頼りになる存在です。
今日で今シーズンのガンバ大阪は、全公式戦を終了です。
とにかく今は、宮本キャプテンの傷の完治をお祈りするのみです。
どうぞ、お大事に!
題して「やる時はやるよ」。
横国のガラス張りでコウタと一緒に見てたよ。
鹿島の選手も同じ部屋にいた。
膠着状態が続いてて2点目をいかれた時は、残り時間を考えてもきついかなぁと思った。
でも、いまのうちはすごいなぁ。ワンチャンスをモノにする集中力がある。
たけさんがこぼれ球をシュートしてバーに当てた時はやばいと思ったけど、
うまくこじが押し込んでくれた。
あいつ試合前は「眠い、眠い」って連発して周りをやきもきさせるけど、
やっぱやる時はやるよ。その辺はさすが。
延長に入る前にたけさんに「1発でいれといてくれな」って突っ込んだら
「いけるぞ」って答えたから、なんか良い感じやったのにね。
ああいう時こそセットプレーには気をつけなあかんねんなぁ。
選手がたくさん入れ替わってマークがずれてたりするから。
ほんま最後までみんな良く頑張ったと思う。
確かに負けはしたけど、ロッカーは精一杯やったという雰囲気やった。
明日は最後にミーティングをやるよ。
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| 30 |
| 2006 |
「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
題して「やっとこさ」。
他の記事では、「元日は限られたサッカー人だけがプレーできるから」と天皇杯の決勝進出への意欲を燃やしていましたが、とにかく、念願かなっての元日決勝進出となりました。
あと、折れた前歯の処置についても綴られています。 |
| 2002 |
コラム。題して「ディフェンダーの気持ち」
みなさん、こんにちは。今回はプレミアリーグから、アーセナル対リヴァプール戦を選びました。ヨーロッパのカップ戦を戦ってきた両チームは疲れが溜まってくる頃ですが、それを乗り切る精神力の強さも一流と呼ばれる選手には必要な要素でしょう。
リヴァプールはアンリに自由に仕事をさせないために、DFラインを下げ、またサイドバックの攻め上がりもほとんど見せないで、サイドのスペースを与えない作戦に出ました。そして、アンリがDFラインより引いてボールを受けようとした時には、ボランチのディアオがアンリをマークすることが徹底されていました。こうして前半、アンリが前を向いてボールを持てたのは2、3回ほどしかなく、その結果アーセナルは圧倒的に攻めながらも決め手に欠けました。対するリヴァプールは、カウンターを引っ張る役目を担っていたオーウェンが前半30分過ぎに途中交代(※ハムストリングを傷めたため)してしまい、唯一の攻撃の手段を失うことに。苦しい状況に立たされました。
しかし、後半に入ると、ジェラードのロングパスから抜け出したバロシュがキャンベルに倒されてPKが与えられ、これをマーフィーが決めてリヴァプールが先制しました。それまで安定したプレーを続けていたキャンベルでしたが、1つのミス(というより、バロシュのスピードが素晴らしかったですが)からアーセナルにとって苦しい展開になりました。ディフェンダーというのは1つでもミスをしてしまうと、即失点につながる厳しいポジションです。反対にフォワードは5回チャンスを逃しても、1回決めればヒーローになれますからね。俺もディフェンダーなんで、その違いをひしひしと感じてしまうことがありますねぇ……。もちろんやりがいもありますが。
追う立場のアーセナルは後半途中から入ったベルカンプが試合にアクセントをつけ始め、彼のスルーパスを受けたジェファーズをリーセが引っ張ってしまい、PKとなりました。これをアンリが落ち着いて決めて、試合は1対1で終了。最後のPKは微妙な判定でしたが、特にキャンベルにとってはありがたかったでしょうね。
それでは、良いお正月をお迎えください。来年もよろしくお願いします。
12月30日 宮本恒靖
→次回
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| 2000 |
宮本キャプテンのHP「:Tsune:」のVOICEが、更新されています。
昨年同様、年末としての今年1年の振り返りですが、読み応えたっぷりです。必読!
僕個人にとっては、サッカーのおもしろさを教えていただいたという意味で、非常に有意義な1年でした。
実は、宮本選手にひと目お目にかかろうと、万博練習場へ出かけました。ガンバにとっての「仕事納め」とあって、ミーテイングを終えた選手たちは、両手に抱えて余りある荷物類をそれぞれの車の中にしまい、クラブハウスから走り去って行きました。
さて、宮本選手・・・と思ったら、なんと、ボールを片手に練習着での登場! うれしかった・・・。
トレーナーの方に今後のリハビリメニューをひとつひとつ確かめながら、ストレッチを繰り返していました。
ケガでの不本意な締め括りになってしまいましたが、しっかりと治して、どうぞ良いお年をお迎えください!
題して「2000年を振り返って」。
天皇杯が終わった。
これで今シーズンは終わりやね。
めっちゃ長かったような気がするわ。
考えてみると、今年の初めはいつから始めたかというと、
多分1月の10日過ぎからやから、そら長い。
結構働き詰めやったわ。その間の長いオフは
6月の1週間と、五輪後の5日間くらいやった。
そういう点でサッカー選手っていうのはオフが少ないよね。
毎日の練習はそんなに長くなくて拘束されへんけど、
長い休みを取りづらいからなかなか遠いところへ旅行はできへんなぁ。
すこしぐちってみた。
今年は怪我に始まり、怪我に終わった感じがする。
正確に言えばリハビリに始まり・・・やな。
最後もなんとか間に合うかなって思ってたけど、
結局怖さが取れへんかったし。
なにより、シーズンインの時にみんなと違うメニューを
こなして開幕に間に合わせるっていうことが初めてやったから
難しかった。例年やったら約10週間で走り込んで、次第にゲームに
入っていくねんけど、俺の場合は開幕2週間前でやっと試合に合流できた。
最初の計画ではそのくらいの時間があれば平気やって思っててんけど、
考えたらみたら普段は開幕の1ヶ月以上前から試合をこなしていって、
試合堪からコンディションからコンビネーションからを仕上げるねんな。
開幕した頃の自分をプレーを思い返すと、なんか、だましだまし
やってたような気がする。
4バックでやるのも久しぶりで、キャプテンやからって必要以上に張りきって
たかもしれん。で、自分のプレーが良くなってきてるって思えたのは
5月のジュビロ戦くらいから。試合を始めてから約2ヶ月半。
手術したところの違和感が少なくなっていったのもこの頃からやったね。
普通に最初からプレーをしたとすると、2ヶ月半たったら3月の終わり頃、
ちょうどJリーグを3試合消化したくらいっていうことになる。
毎年そのくらいからやもんね、自分がリズムに乗れるようになるのは。
どう、俺の分析は?
自分ではなんとなく「あぁそうかー」って思う。
でも一番大きかったのはスポーツヘルニアの手術後の違和感が少なくなったこと。
ほんま腹立つくらい自分の足が動けへんかったから。
思い出したくない
1stステージが終わって、2ndがすぐに始まった。
最初の快進撃はヴェルディとの試合をものにしたことが大きい。
先制したものの追いつかれて、やっぱりうまくいかへんのかなっていう
弱気な気持ちになりかけた時の松波さんのゴール。
あれがなかったらズルズルいってしまってたかもしれへん。
その後のセレッソ、マリノス、東京、エスパルス、サンフレッチェ、グランパス、
そして天皇杯に入ってはレイソル、ジュビロ、アントラーズ。
どの試合も最後の最後までサッカーは分かれへんっていうことを
改めて思い知らされた。あきらめたら絶対にあかんって。
たとえ1点リードされてても、次の1点をやったらだめで、
味方を信じて点が来るのを待つこと。
一番上に立つってほんま難しい。
15試合あって、2敗か3敗が妥当なところで4敗はぎりぎりのところやろう。
それが優勝のアントラーズは1敗やで。それってすごいことやわ。
だから勢いも大事やけど、安定した力も必要になってくる。
それは俺が思うに守備の安定やと思うけど、再開後の
5試合中、4試合で先制されてしまった。DFとしてそれは責任を感じる。
先制されたら試合のプランが変わってくるから。
何回かそういう経験をして初めて優勝できるもんなんかね。
俺はプロになって優勝したことが無いから分かれへん。
「優勝するってどんなもん?」って優勝経験者に聞いたら
絶対「優勝って良いよ。」って答えがある。
当たり前のことやんって思うかも知れへんけど、経験したことが無いから
どれくらい良いもんなんかを知りたかった。
これからのサッカー人生で優勝する、
何かタイトルを取るっていうことが大きなモチベーションになるな。
オリンピックのことはこの間書いたから詳しくは書けへんけど、
俺にとって特別良い大会じゃなかったのは確かやね。
でもそこで悔しい思いをして気付いたこともたくさんあるし、
自分にプラスになってることがあるのも事実。
術後のプレーがうまく行かんかったり、五輪の選考から漏れたり
治って代表に呼ばれたり、オールスターにトップで選んでもらったり。
1stと2ndで全然違う結果が出るチームになって周囲を驚かしたり、
ブラジルとやったり、はたまた移籍のことでやきもきしたり、させたり。
そういういろんなことがあったけど、それらをひっくるめて
また来年サッカーで良い思いをするための過程やったら良いなぁと。
そう今はとらえてる。
また代表のユニフォームが着てサッカーしたいね。
最後に今年1年応援ありがとう。
来年もよろしく。
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| 1999 |
題して「1999年を振り返って」。
なんかたいそうなお題になってしまったけど、今回は今年1年を俺なりに振り返ってみるわ。
ガンバで・・・。
春、アントネッティ監督のキャンプはきつかった。毎朝8キロくらい走ってそのあと腹筋30回15セット、腕立て20回5セットやってたからね。今思えば今回手術した所をあの毎日の腹筋で悪くさせたんとちゃうかなぁ。うん間違いないね。これからは腹筋運動とはうまいこと付き合っていかなアカン。たいした怪我人もなく開幕を迎えることができた。
相手はレッズ。後半はうちのペースになったけど、負けてしまった。5位以内を目指してたから、連敗は避けなアカン。次の相手は名古屋。Vゴールながら勝って、次の福岡にも勝った。さぁいくぞって時に迎えた市原戦。先制点を取ったのにひっくり返されて負けた。この負けは痛かった。サッカーの試合では先制点を取ったチームが勝つ確率は非常に高い。何でかって言うと、点をとられたチームは取り返そうと思って、前がかりなるやろ、そうするとリードしてるチームはじっくり守ってカウンターを狙う。少ないチャンスをものにして、2点目をゲットする。これがいわゆるセオリーやねん。だから、先制した試合は絶対に勝ち点を取らないとアカンねんけど、これが今年のうちはできてなかった。まぁJリーグ全体を見渡しても同じことが言えるかもしれへんね。
忘れられへんのがオウンゴール。柏戦やってんけど、久しぶりにリベロで出て最初調子良かったのにやってしまった。はっきりクリアしとけばよかってんけど、中途半端なことをして・・・。悔しいね。
あとオリンピック代表の試合でオーストラリアとやった時、3週間でJリーグと合わせて7試合やったときが一番コンディションが悪かった。今年一番自分の体にパワーを感じられへんかった。前期は結局6勝9敗。アントネッティはフランスへ帰った。
セカンドステージ。早野さんを新監督に迎えて夏に熊本へキャンプに行った。俺はファーストステージは主にボランチをやっててんけど、オリンピックと同じやり方の真中をやることの説明を受けた。これは俺の意見やけど、例えばずっと試合に出てる選手がいたとする。それがある試合で先発から外れた。こういうときまったく何の説明もしない監督とちゃんと説明をする監督に分けられるねん。俺はきちんとした説明を受けたい。やっぱり選手と監督がコミュニケーションをうまくとれてないと、どっかでこうギクシャクしたものが出てくるかも知れへんし、とれてれば、モチベーションが高くなってプレーにいい影響を与えることもある。
そういう意味で俺は事前に説明を受けたおかげで、重要なポジションにやる気満々で取り組めた。でも結果は出なかった。これは事実。オリンピック予選後の4試合で勝ち点を1しかとれんかったのが計算外やった。それとこれは1年を通じて言えるけど、アウェイで負けすぎた。ホンマ大阪からわざわざ応援に来てくれるサポーターに申し訳なかった。
チームが変わらないと、J1という舞台にただいることに満足するんじゃなく厳しさを持って取り組む必要がある。良い想いをするために。
次はオリンピック代表のこと。
98年のアジア大会、99年ワールドユースが終わって、本格的に五輪代表としてスタートした。最初は雑誌やらで言われてた通り会話は少なかってんけど、まぁ、顔は知ってても初めて話すときはみんなもどことなくぎこちなくなるやろ、そんな普通のことやったよ。だから時間があれば解決できると思ってた。でも代表チームっていうのは集まる時間がそんなにない。そこで飯のときにおっきなテーブルに座るからそのときあんまり話してなさそうな選手たちが同じテーブルに座れるように工夫した。
1次予選の香港ラウンドから帰ってくるときには何の問題もなかったね。日本ラウンドではヤナギのことや伸二の怪我があったりで残念なことが多かった。俺の想像どうり、1次予選を戦ううちにチームの形が出来上がっていった。
夏ごろに新聞で五輪世代の日韓戦をやるのを知った。聞いたときはわくわくしたよ。韓国にはそれまで負けっぱなしやったから、どっかで取り返したいと思ってた。しかも国立とチャムシルやから、いっぱい人が見にくるなぁと。さらによく読んでたらヒデが来るかもということやった。テレビではジョカトーレとして活躍してるのは見てたけど、実際近くで久しぶりにチームメイトとして一緒にやるとどんな感じか楽しみやった。同い年ができるしね。これで長老呼ばわりされることもないとも思った。そんな呼び方するのはY.N(ボンバー)、K.N(帝京)。失礼やろ?(笑)
そう言えばあいつのチーム合流を不安視する声もあったね。完璧に今は消えたけど・・・。周りの選手が間近であいつのプレーを見たことで刺激を受けて断然良い方向に進んだ感じがする。韓国戦の連勝で自分たちのサッカーに対する自信が芽生えて良い形で最終予選準備のドイツ合宿に行けた。ホンマに静かなところでホテルも食事もよかってんけど、天気が俺らの行った時期は悪かった。寒いし雨多いし。おかげであんな大事なときに風邪引いてしまった。1週間後にカザフ戦を控えてたから治すのに必死やった。点滴うちまくってたなぁ。
アウェイのカザフ戦、後半攻め込まれてた時のスタジアムの雰囲気は一種独特やった。「カザフスタン、カザフスタン」の大合唱。肉体的に疲れてきてたけど、周りの状況を冷静に見てたのを覚えてる。あの時、(ここでやられたらアカン。踏ん張り時や)と思ってもう一回集中し直した。そしてイナのゴールで楽になった。振り返るとこの試合が一番プレッシャーがあったと思う。実際カザフがどれだけの力か分からんかったしね。
予選を通じてたくさんのゴ−ルを見たけど俺が一番しびれたのは国立のカザフ戦の平瀬の同点ゴールやな。はじめて先制されたしカザフも体張って守ってて、チャンスは作るけど最後の仕上げができてなかった。そんな中で生まれたゴール。正直嬉しかった。国立の歓声も一番すごかった。
今年はいろんなとこで目標としてきたオリンピック出場は果たせたし、代表合宿も経験できた。代表のカテゴリーではいい年やったと言えるけど、自分のチームで結果を残せなかったのがひっかかる。確かに来年シドニー本大会で良い結果を出すという大きな目標があるけど自分のチームでみんなに大きな顔のできる成績を残すことにこだわりを持って、しっかりやろうと思う。
最後に、今年1年応援ありがとうございました。
来年、2000年もよろしく。
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| 31 |
| 2009 |
「宮本恒靖公式サイト」の「DIARY」が更新されています。
題して「オフ中」。この1年間を振り返る内容に、オフ中のライセンス取得の講習に。でも、Jリーグの試合を宮本選手ご自身が楽しめたのは、本当に何よりです。
宮本選手、身体にお気をつけて、2010年も良いお年で、サッカーを楽しめますように。 |
| 2001 |
題して「2001年と2002年」。
ごめんなさい。文書保存を失念しておりました。
でも、区切りの1行とラストの1行ははっきりと覚えています。
・・・
でも頑張っていきましょう。
・・・
またグラウンドで逢いましょう。
プロサッカー選手である宮本選手にお目にかかるには、グラウンドが最適の場ですよね!
どうぞ良いお年をお迎え下さい! |
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| ↓01.01 |